中学時代

通っていた小学校に戻ったあと、そのまま滋賀大学附属中学校に進学しました。何を思ったか野球部に入部。入学当時は身長が140センチそこそこしかなかったので、当時のコーチからつけられた愛称は「チビ!」(笑)と呼ばれていました。

中学3年の受験の時には、特に理由もないまま当たり前のように膳所高校という、地元の公立では一番偏差値の高い学校に行くつもりをしてました。ただ、塾にも行かず、家庭教師もつけずでしたので、さすがにまずい状況になりまして、中3の夏期講習から塾に通った記憶があります。

当時の成績表をみればわかりますが、私は決して成績の良い子ではなかったです。にもかかわらず、成績優秀な生徒が集まる塾を選んでしまったので、相当焦った気持ちになったことを覚えております。

そのおかげでしょうか。ここでまた衝撃的な出来事が発生いたします。

なんと、立命館高校に合格したのです。

世の中ではバブル経済が進行し、株価が2万円を突破、1人あたりGDPがアメリカを追い抜いたのもこの年でした。

立命館高校へ

滋賀県の公立高校の受験は3月にあり、その前に京都の私立高校を受験するのが一般的でした。当時の成績からして「うーん、受かったらびっくりやな」と担任をうならせていた立命館高校を選んだわけですが、これが何と合格。しかもその年に同じ中学から立命館に合格したのは私1人だけでして、本人以上に周りがびっくりしていたようです。(大人になってから聞いた話によると、担任から親に直接お祝いの電話が入っていたそうです)

ここ一番に強いのか、要領がいいのか、たまたま運がよかっただけなのか。

とにかくこの立命館高校合格が、その後の人生を大きく変えることになったのでした。

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